「熱意・執念・感動」のサイクルこそが
企業を新たな成長ステージへと導く

株式会社FRONTEO 代表取締役社長 守本 正宏



宇宙飛行士を目指すも叶わず、起業の道へ

1966 年、アジアで初めて開催される万博を 4 年後に控える大阪で、守本は生まれた。少年時代は野球やバスケットボールで心身を厳しく鍛えた。勉学にも励み、地元の名門、府立豊中高校に進学した。少年時代の守本には密かに温めていた夢があった。それは宇宙飛行士になること。そのためには空軍のパイロットになるのが近道である、との情報を得た守本は、防衛大学校へと進学した。しかし在学中に視力が低下し、パイロットへの道はあきらめざるを得なくなった。守本は気持ちを切り替え、海上自衛隊の道を選択した。海上自衛隊護衛艦に勤務したが 1994 年に退官する。その後、防衛大学校で半導体の研究をしていた守本は、卒業研究で半導体をテーマにしていた経験からアプライドマテリアルズジャパン株式会社へ転職した。充実した生活を送っていた守本だったが、2000 年に IT バブルが崩壊して多くの IT 企業が生き残りをかけた構造改革を余儀なくされ、業界全体を先行き不透明感が覆っていた。これを機に守本は、「自分のやりたいことをやろう」という気持ちが日増しに強くなり、2003 年にアプライドマテリアルズを退職した。  自らの進むべき道を模索していた守本は、大学の OB 会で、米国独特の訴訟制度に必要なディスカバリ(専門の業者が証拠抽出・解析作業を支援する工程)という分野があることを聞いた。このディスカバリを行う上では、情報漏洩や企業内不正の証拠を、IT を駆使して特定するフォレンジックなどのハイテク技術で対応するのだが、米国での訴訟では、その構造と戦い方を知らない多くのアジア企業が苦労しているという。守本は、こうした状況を何とかしたいと思った。当初複数の知人に起業を勧めたが、誰も前向きな返事をしない。そこで自分で起業することを決意した。しかし、この時点では製品もない、コネもない、資金もない。まさに無い無い尽くしだった。UBIC(現在の株式会社FRONTEO) のような企業はアジアにはまったく存在しないことが起業を支える精神だった。守本は、「やらなければいけない」という使命感に燃えていた。そして 2003 年、UBIC は東京赤坂の小さな事務所で産声を上げた。米国製フォレンジックツールの輸入販売を開始したが、それらツールは日本語をはじめとするアジア言語に対応していない製品だった。そこに商機を見出した守本は、世界に先駆けてアジア言語解析技術を自社開発し、それをディスカバリ支援でも展開していくことを決意した。守本の熱意に共感した数人が創業間もない UBIC に加わり、自社開発がスタートした。苦労の末に日本語対応版を発売したところ、法執行機関や大手企業が購入してくれた。守本は、こうして地歩を築きつつ、ディスカバリの世界に入っていった。


モットーは「熱意・執念・感動」

 守本の経営者としてのモットーに「熱意・執念・感動」がある。熱意がなければ、そもそも何も始まらない。しかし、それが一過性の熱意では事業を続けることはできない。新しいビジネスに取り組めば、必ずチャレンジが必要となる。それを乗り越えるためには精神的にも肉体的にもハードワーキングが求められる。それを可能にするものが執念で、熱意と執念で実現され達成されたものは、周囲に感動を与える。そして周囲の感動が、また新しい熱源になり、次のサイクルが始まっていくという考え方だ。この熱意と執念で、守本は世界で初めて、そして唯一のアジア言語に対応した電子証拠開示(ディスカバリ)支援ツール「Lit i View®(リット・アイ・ビュー)」を独自に完成させた。「この開発を自力で進められたことが UBIC にとって大きな自信となり財産となった」と守本は当時を振り返る。そして、この時の苦労は後々大きな意味を持つことになる。


東証マザーズへの上場から、米国ナスダック上場

 その後、海外展開する日本企業が増加するに伴い、名だたる企業から受注が舞い込んできた。そして設立から 4 年でディスカバリベンダーとしてのビジネスが軌道に乗り、UBIC は2007 年 6 月に東証マザーズ(現:東証グロース)に上場を果たす。上場によって 知名度と信用力を高め、成長を加速させることを期待していた守本だったが、日本企業への売り込みはそれほど進まなかった。東証マザーズへの上場で、確かに日本企業への知名度は向上したが、アジアや米国企業等、大半の顧客や関係者への知名度は期待したほどは上がらず、UBIC の米国でのプレゼンスも高められずにいた。  そこで、守本が次に行ったのは米国子会社の設立であった。東証マザーズへの上場からわずか半年後の 2007 年 12 月、UBIC North America, Inc. を設立。これを機に、日本企業から大型の契約が取れ始めたが、それでも守本は現状に満足しなかった。そして、米国ナスダックへの上場を決意する。リーマンショックの影響を受け、厳しい業績から立ち直りつつある状況での無謀な挑戦と、多くの関係者が反対する中、守本を突き動かしたのは、「欧米企業とアジア企業がグローバルで対等に戦っていくことのできる世界を作ることが UBIC の使命である」という思いだった。こうして創業 10 年に満たない日本のベンチャー企業が米国ナスダックに上場を果たした。守本がナスダック上場にこだわったのは、米国の訴訟支援ビジネスで成長するうえで立ちはだかる壁を超えるためでもあった。米国で訴訟支援を行うディスカバリベンダーの選定は、顧客である企業の意志だけではなく、訴訟を担当する弁護士の意向が強く働く。そこで、米国ナスダック上場企業となることで、彼らからの信頼を勝ち取ることが必要であると強く感じていたのだ。(注:2020年2月に米国ナスダック上場廃止)  さらに成長を加速させるために、守本は手綱を緩めなかった。2014 年 8 月、TechLaw Solutions, Inc. を買収、子会社化した。TechLaw Solutions は米国のディスカバリベンダーとして 30 年超の歴史を持つ、従業員の誇りも高い企業。中堅クラスではあるものの、場数を踏むことで得たプロジェクト管理のノウハウや質の高いサービスは米国で高い評価を受けており、米国司法省とも強いコネクションを持つ。「米国上場していなければ TechLaw Solutions を買収することはできなかった」と守本は言う。さらに、同社の社員が一人も辞めずにチームとして留まったこと。それ自体が UBIC の米国での信用力の向上を示している。そして、それが米国での飛躍的な事業拡大を狙う、UBIC の大きな原動力となる。
2013 年8 月、米ニューヨークで開催されたナスダッククロージングベルセレモニーにて(2020年2月にナスダック上場廃止)


AIエンジン「KIBIT(キビット)」の可能性

UBIC は、証拠開示作業の効率を飛躍的に向上させる「Lit iView」シリーズの開発に成功し、業績を拡大させた。さらに、専門家の暗黙知を活用した独自の人工知能、「KIBIT」の開発にも成功した。従来の人工知能は統計的な処理が基本であったが、UBIC のそれは人の行動・思考パターンを解析する行動科学と、統計学やデータマイニングなどを駆使した情報科学を組み合わせた「行動情報科学」という独自のコンセプトに基づき開発された。「人間の感覚や経験に基づく言語化されない知識」と言われる「暗黙知」を暗黙知のまま活用するという全く独自の考えが貫かれ、人工知能がエキスパートの「勘」といったものまで習得し、様々な問題解決に取り入れることが可能になる。つまり、UBIC の人工知能はこれまでの人工知能とは一線を画すものであり、その研究開発をするための行動情報科学研究所も社内に設立されている。訴訟支援で培った膨大なデータの中から、高い精度で必要なデータの抽出を行うための技術は、ビッグデータ解析において、最も重要なデータ解析技術として活用の可能性が広がっている。今後は、各分野の専門家の暗黙知を活用した「KIBIT」が、人の代わりにビッグデータ解析を行うことで、スピーディで高精度な分析結果を社会の進歩に役立てることが可能となる。これまで UBICが育んできた技術は、訴訟・法務の領域から飛び出し、大きな可能性を示し始めている。